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シリーズ・ともだち『松木』

 投稿者:たなちへ  投稿日:2011年 5月24日(火)22時40分35秒
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  ともだち『松木』


うちにとって、もはや松木の存在はともだちという括りで収まるようなもんでもない気がします。
だからといって、家族という括りでもない。
ともだちなんやけど。ものすごく。いちばん。


松木とは、専門学校で出会った。
入学して最初のオリエンテーション的な日には、もう喋っていた。
知らないクラスメイト達と何人かで机を囲んでいた時に、全く同じシャーペンをうちと松木が持っていた。
細い透明の指にあたる部分が水色の抗菌シャーペン。
親近感が湧いた。
同じ学科同じ専攻だったので、授業がいつも同じだった。
廊下で、うちが当時下宿していたオバアの家の2階にネズミが出るという話をした記憶がある。
わりとウケた。
うちと松木は、すぐに仲良くなった。
高校の時に聞いてた音楽が、ヘア、ハッピーズ、コレクターズという共通点もグっと近づけた。


毎日毎日一緒に松木と過ごした。
同じような服を着て、同じような話しで、同じように爆笑し、あっという間に2年が過ぎて卒業した。

2人にはずっと彼氏なんか出来なかった。

専門学校を卒業し、うちと松木は何を思ったか東京に移住する。
中野区新井薬師。ふたり暮らし。ケータイもパソコンもない。
そうこうしてたら、うちに人生初の彼氏が出来、浮かれ上がったうちは薄情にも身をひるがえし京都へ戻る。
それからしばらく、うちは松木と東京=京都の遠距離生活に入る。
松木が近くにいない生活。
メールもパソコンもなかった時代、写真をプリントしたものをコンビニのコピー機でカラーコピーし、その裏に手紙を書いて文通をしていた。
うちがその後、大阪に住んでいる何年間もの間も、松木は東京に住み続けた。



それから何年も何年もたった2005年頃だったか、松木が大阪へ帰ってきた。
それはもう嬉しかったなぁ。
でも、その時は、松木が大阪に彼氏が出来たという流れからだった。
うちは、松木の彼氏にヤキモチを妬いた時期もあった。
うちの方が松木と遊びたいのに。うちの方が松木のことがすきなのに。なんて。


そんな松木が遂に結婚したのが去年の10月。
結婚式が始まるやいなや、うちは恥ずかしながら涙をこえらるのに必死だった。
白無垢の松木の後ろ姿を見ているだけで、誰よりも泣いてたのはうちやったと思う(笑)
色んなことがあったなぁ、と思う気持ちは、赤ちゃんから育てた両親と同じくらい、青春時代をずっと毎日松木と過ごしてきたうちも、誰より強い。

色んなことがあったなぁ。

松木とは、ほんとにうちの人生の大半を過ごしている気がする。
松木と喋ったどうでもいいクダラない話し、松木と行った飲み屋、松木と行った数々の旅、松木と登った山、松木と入った温泉の数、松木と交わしたカンパイのセリフ。




あとこの先どんだけ続くかわからんけど、ババアになってボケてもきっと『松木』という名前は忘れないと思う。




シリーズ・ともだち
次回は、まゆみちゃんです。

 
 
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